プラソ・デ・プラタ


メキシコで活躍のルチャドールで新日本プロレスやユニバーサルプロレスリング連盟に参戦したプラソ・デ・プラタさんが7月26日に死去、享年59歳という若さだった。

プラタさんはオロ、ブラソの三兄弟でタッグチーム「ロス・ブラソス」を結成、新間寿氏とも親交が深かったUWAに属していたこともあって1981年に兄弟と共に新日本プロレスに初来日、この時はまだ覆面を被っていたが初代タイガーマスクとタッグや6人タッグで対戦したが、タイトル戦線には絡むことはなかった。

1985年に新日本プロレスを去っていた新間氏のルートで全日本プロレスに参戦したが、1988年にはコントラマッチ(覆面剥ぎ)に兄弟ともに敗れてから素顔となり、新間寿氏が設立したユニバーサルプロレス連盟でも兄弟で参戦して仲間割れと仲直りが定番となって館内を、沸かせおひねりすら飛んできたこともあった。

ユニバーサルプロレスリング連盟が崩壊後もプラタさんは何度も日本に来日し曙ともタッグを結成、ケンカ強さも代われてDEEPにも参戦し、MMAにも挑戦したこともあった。

またプラタさんは息子であるマキシモも一流のルチャドールとして育て上げており、プラタさん本人も新日本プロレスか遠征してきた棚橋弘至やタイチとも対戦、近年はAAAに参戦していたが体調を崩しがちだったという。ご冥福をお祈りいたします。

読み込み中…

エラーが発生しました。ページを再読み込みして、もう一度お試しください。

コメントは受け付けていません。

WordPress.com でサイトを作成

ページ先頭へ ↑

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。