試合中にリングが壊れる・・・DRAGON GATEノーリングマッチ事件!

 2008年8月9日、DRAGON GATE後楽園大会でとんでもない事件が起きた。

 DRAGON GATEは「サマーアドベンチャータッグリーグ戦」の開幕戦を迎えており、後楽園ホールも超満員札止めとなっていた。

 当時のDRAGON GATEはYAMATOとサイバー・コング(吉田隆司)を中心としたREAL HAZARD、CIMAとドラゴン・キッドを中心としたタイフーン、土井成樹と吉野正人による土井吉が中心となったWOLRD-1、戸澤アキラと岩佐拓が中心となった戸澤塾の4ユニットによる戦いが軸となっていたが、CIMAは首を痛めて負傷欠場中で望月成晃とドン・フジイはモチフジコンビとして独自に動き、マット&ニックのヤングバックスもレギュラー参戦していた。

 第1試合ではリアルハザードのGamma&神田裕之がシーサーBOY(しゃちほこBOY)&超神龍(問題龍)と対戦するが、試合開始からキャンバスがやたらと跳ね、超神龍が大きくジャンプすると、鉄柱の一本が傾きだし、ロープも緩んでしまう。そこで神田がロープへ飛ぶとキャンバスに足をとられて負傷してしまい、それでも神田が超神龍を丸め込んで3カウントを奪って試合を成立させるも、リングが突然傾きだすというハプニングに選手だけでなく、スタッフも戸惑ってしまう。

 そこで八木隆行本部長がリングを応急処置をするためにエプロンに上がって鉄柱を蹴ると、エプロン部分が陥没してしまい、調べてみると溶接した部分がぽっきり折れてしまっていたのだ。実は壊れたリングは土井と吉野がアメリカから発注したもので、今大会から初使用だった。

 第1試合からリングが壊れたことでファンも大会は継続させるかどうか懸念されたが、岡村隆志社長(当時)がマイクで「このままだと試合は出来ません。しかし、皆様のお許しがいただけるなら、ノーリングで行いたいと思います」と大会続行を宣言、早速ヒールのリアルハザードを除く選手らやスタッフだけでなくCIMAも駆けつけて壊れたリングを撤収、フロアにマット敷き、その上に板、リング用のスポンジを敷いて、その上からキャンバスを被せてガムテープで固定、構造上では普通のリングと変わりないが、フロアに固定されている分だけ弾まず衝撃が逃げないため、受身は取りづらく、またロープも撤収されたことで、スピーディーな技だけなくロープワークも使えない、過酷な状況の中で選手らの力量が試された。

 第2試合では戸澤がフリー参戦しリアルハザードの一員となっていたマグニチュード岸和田と対戦して、戸澤はラリアットを喰らって後頭部を打ちつけ、逆片エビで敗れるも、戸澤も最後まで腰を引けることなく懸命に叩きつけ、岸和田も「どこでもやるのがプロやから」プロ根性を見せ付ける。
 第3試合でフリー参戦していた忍も堀口の垂直落下式ブレーンバスターを喰らいながらも、アイスリボンなどでマットプレスを経験していることを生かし逆さ押さえ込みで堀口を破るなど館内を盛り上げる。

 第4試合ではヤングバックスがモチフジと対戦し、モチフジはリングの段差がないことを利用して館内全体を使う戦いで盛り上げた。試合はヤングバックスが勝利も、責任のないヤングバックスがアメリカ製リングが壊れたことでDRAGON GATE関係者に謝罪する一幕もあった。

 その後リーグ公式戦でタイフーンの鷹木信悟&ドラゴン・キッドvsWolrd-1のB×Bハルク&谷嵜なおきは、ロープがない分花道を全力疾走した技や、イスやテーブルを使って立体的な技を出すなど工夫を見せ、最後も鷹木が谷嵜をイス盛りへのパワーボムから、硬いマットの上へMADE IN JAPANを容赦なく決め勝利を収める。

 メインの土井吉vsYAMATO&サイバーコングは、サイバーの技を土井吉が喰らいまくってバンバン受身を取りまくり、最後はサイバーが吉野にサイバーボムを決め3カウント、過酷な状況を戦い抜いた土井吉はファンから「楽しかった」「お疲れ様」と声をかけてくれたことで思わず涙を流し、選手らも大会終了後には自発的に観客らを見送った。

 自分もZERO1- MAX四日市大会で、メインの試合中に鉄柱が折れてロープが使えなくなるというハプニングが起きるということを経験したが、試合をしていた大谷晋二郎が懸命に試合を盛り上げ、館内を沸かせた。大日本プロレスでも野外興行で大嵐の中で大会が決行されたこともあり、マットが水を吸って足を滑らせる中、選手らが懸命に試合を盛り上げた。

 DRAGON GATEも試合中にリングが壊れたことは大失敗でもあるが、ノーリングにもかかわらず試合を行い、館内を盛り上げた。見ていたファンも貴重な経験だったと思う。

 今年で闘龍門JAPAN時代も含めてDRAGON GATEは設立20周年を迎えた。20年の間は順風満帆ではなく、信用を損なう事件も起きたりはしたが、選手やスタッフだけでない、見てきたファンが支えてくれた20周年でもあり、ノーリング事件もファンが支えてきたことを象徴するような事件でもあった。

(参考資料 ベースボールマガジン社「日本プロレス事件史Vol.18 会場・戦場・血闘場)

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