プロレス多事争論「非常識=常識」「常識=非常識」


昨日の東京スポーツでNOAHに入団したばかりの武藤敬司が女性蔑視発言で東京五輪組織委を辞任した森喜郎氏に対して「最高顧問になってもらいてえな。森さんなら(杉浦軍最高顧問の)蝶野に勝てるだろ。ラグビーやってたから、タックルかませば蝶野も吹っ飛ぶよ。」

と発言したが、この発言がNOAHファンから反発を招いてしまい、せっかくの武藤への歓迎ムードに水を差してしまった。これは擁護するつもりで言うわけではないが武藤の師匠であるアントニオ猪木が’非常識が常識”と考えているように、二人も基本的に猪木寄り、だが常識的よりも非常識な方が面白い考えが浮かんでくる。東京スポーツ側に言わされた部分もあったと思うが、武藤は非常識な考えで面白いことを言ったに過ぎず、ファンを不快にさせる意図はなかったと思う。

ただ、武藤もこれまで団体を仕切り、フリーとしてやってきたが、所属になった以上、団体の常識に沿ってやってもらわければ困るし、いくら面白いと思っても、差し控えなければいけないことも出てくるのも事実、今回の発言はファンから反発を招いた以上、一個人の発言では済まなくなってくる。

昔のプロレスラーは非常識な人が多いのかというと、常識的な考えを持っていたのはジャンボ鶴田で鶴龍対決時代に「プロレスラーっていうのは一生できないでしょ?だから現役のうちに人生設計を立てて次の人生に困らないように、プロレス界に迷惑をかけないうように、一般社会に通用するものを築かなければならないと思いますね。昔のサムライとか、豪傑ではスポーツマンとして認められなくなりますよ。世間の見方が変わってきているでしょ?昔は桂春団治の「芸のためなら女房を泣かす」で通用したけど、今ではそれでは見る側が許さない。仕事が終わったら、一般社会で通用する人間でいなければいけないし、家庭を大切にするからこそ人生設計をするし、そのために一生懸命仕事をする。それをなんだかんだ言う人がいたら、それは間違い、オレの方が正しいと思いますね」と最初こそは正反対の生き方をする天龍源一郎の対する批判かと思えば、昔のような非常識は通用しなくなることをしっかり見越していた。鶴田の考えは当時では面白みのないということで非常識となったが、今となっては常識になりつつある。

これからのプロレス界も企業プロレス化を推進する以上、関わっている人らも最低限の常識を用いないといけなくなってくる。武藤にそういった自覚を持って欲しいが…猪木を始め非常識が常識としていた令和は生き辛いのかもしれない

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