レオン・スピンクス


アントニオ猪木、大仁田厚とも異種格闘技戦で対戦したボクサー、レオン・スピンクスさんが死去した、享年67歳。晩年は前立腺ガンを患っていたという。

スピンクスさんはモントリオールオリンピックにライトヘビー級で金メダルを獲得したという実績を掲げてプロデビュー、デビュー8戦目の1978年2月15日でモハメド・アリを破りWBA・WBC世界ヘビー級王座を獲得した。

1986年10月9日の両国国技館で「INOKI闘魂LIVEパート1」ではアントニオ猪木と異種格闘技戦を行ったが、関節技禁止、寝技は10秒以内という縛られたルールに猪木が大苦戦し、焦れた猪木も途中から腕十字など関節技を使ってしまい、最後は猪木がボディーシザースから押さえ込んだ際に、レフェリーだったガッツ石松がフォールカウントを叩いてしまい(ルールでフォールカウントは5)猪木が勝利も、その前に行われた前田日明vsドン・中矢・ニールセン戦が激戦だったせいもあって、大凡戦に終わってしまった。

その後ディック・ザ・ブルーザーのブッキングでFMWに参戦、ザ・シーク軍団の一員としてシリーズ参戦し、1992年5月に有明コロシアムで金網デスマッチで大仁田厚と対戦したが、大仁田の卍固めの前に敗れた。

FMWでのレスラー活動を終えたが、離婚や破産を経験して転落コースを歩み、一時はホームレスにまで転落し、正業に就きながらも各州を転々としたが、ボクサー時代のダメージで認知症も発症していたという。

ご冥福をお祈りいたします

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