女子プロレスオールスター戦!①神取を担ぎ出せ!


全日本女子プロレスとFMWが対抗戦を開始したことをきっかけとなって、全女に挑戦状を突き付けた土屋恵理子と前泊よしかが全女のタッグリーグ戦である「タッグ・リーグ・ザ・ベスト」に参戦を果たし、台風の目になることが注目されたが、土屋組は公式戦を2試合を消化しただけで土屋が左肩を負傷して、残り公式戦を棄権してしまい、大会前の選手入場式でもアジャ・コングから「FMWは逃げましたが、全女は逃げません!」と言い放たれてしまった。

 全女側は小川宏氏と山本雅俊氏の間で水面下で進められていた全女vsJWPの対抗戦を実現させ、1992年11月26日の川崎市体育館大会にダイナマイト・関西と尾崎魔弓が参戦、山田敏代と豊田真奈美の保持するWWWAタッグ王座に挑戦、試合は3本勝負で1-1のイーブンの後で豊田がジャーマンスープレックスホールドで尾崎を降し王座を防衛、FMWからも土屋&前泊も参戦して長谷川咲恵&デビー・マレンコ組と対戦、長谷川がトラースキックで前泊を降して勝利を収めたが、この頃には全女もオールスター戦が実現できるとして、1993年4月2日横浜アリーナ大会を水面下で進めていた。

 JWP、FMW女子と並べたことで、全女はあと残る一つの団体、LLPWの担ぎ出しを狙っていた。実はLLPWは旗揚げ前に社長だった風間ルミが松永高司会長と話し合い、対抗戦を持ち掛けていたが、松永会長は快い返事は出さなかった。理由は1987年10月20日の全日本女子大田区体育館に神取忍が突如現れ、オールパシフィック王者だった長与千種に挑戦をアピール、この頃の神取は所属していたジャパン女子プロレス側と揉めており、7月18日の神奈川・大和車体工業体育館で体制側となっていたジャッキー佐藤と対戦した際にシュートマッチを仕掛けてギブアップ勝ちを収め、試合後にフリー宣言をして去就が注目されていた。
 全女側も神取がフリーになったということを聞きつけて獲得に動いていたと思う。ところがいざ神取が現れてもジャパン女子は地上波によるTV中継がなされていなかったこともあって観客は無反応、これを見た松永会長はビジネスにならないと判断して、フジテレビも中継が入っていたが放送では神取登場はカットされた。結局ジャパン女子側が契約問題を持ち出したことで、長与vs神取は完全に頓挫してしまったが、松永会長もこのことがあってLLPWとの対抗戦には本腰を入れるようとしなかった。

 LLPWとの交渉は松永会長を含めた松永兄弟が交渉にあたった、小川氏を立てなかったのは、JWPとLLPWの間ではまだ感情的なしこりが残っており、小川氏はJWPに近いとしていたからかもしれない。松永会長は風間に連絡を取り「川崎大会に来場してほしい」と言われ、風間は神取、ハーレー斎藤を引き連れて来場した。風間は全女に門前払いを受けたことで独自路線を敷くことを決めており、全女側に協力するつもりもなく、LLPWも会場にいたという既成事実を作りたいために呼んだに過ぎないと考えており、2階席で観戦してマスコミに写真を撮ってもらればいいぐらいにしか思っていなかったが、全女側は既にリングサイドの最前列に席を用意しており、風間らを強引にその席へ誘導されてしまい、風間はこの時点で騙し打ちされたことに気づいた。

 この日は北斗晶が保持するオールパシフィック王座に井上京子が挑戦、北斗がノーザンライトボムで3カウントを奪い王座を防衛したが、試合中にも最前列で試合を見ていた神取を意識しており、試合後にマイクを持つと「おい!神取!オマエは全女には興味はないと言っていただろ、じゃあ何故ここにいるんだ!オマエ、本当はやりてえんじゃないのか!オマエやりたいんだったら、下で見てないで来い!デカイ面して見てえんんじゃないよ」と挑発、挑発に乗った神取はハーレーと共にリングサイドに詰め寄ったものの、ハーレーが「そっちがこっちに来い!1月4日後楽園ホールだ!」と返答したが、これは風間の指示で二人には「マイクを手渡されても、何も言うな」と出していた。北斗の標的はあくまで神取でハーレーを相手にするつもりはなかった。

 「徹底的にお客さんを楽しませる」ことを信条にしていた北斗は、ジャッキー相手にセメントマッチを仕掛けてから潰した神取に対して「プロレス愛がない柔道かぶれ」と良い感情を抱いていなかったが、その神取が目の前に現れたことで、今まで神取に抱いてきた気持ちが一気に爆発させたのだ。

 北斗は1月4日のLLPW後楽園大会に下田美馬と三田英津子を伴って来場、LLPWの試合を見た北斗は退屈したのか居眠りをしかけるも、神取の試合になるとやっと目が覚めて試合を見る。試合を終えた神取を挑発して一触即発となる。これで全女の思惑通りに全女vsLLPWも開戦、1月24日の後楽園にLLPWからハーレー、イーグル沢井、半田美希が参戦して全女側は北斗、下田美馬、三田英津子のラスカチョーラス・オリエンタルが迎え撃ち、北斗がノーザンライトボムを半田に決めた後で、せっかくの対抗戦に大きなインパクトを残せなかった下田にカバーさせて3カウントを奪い全女が勝利、試合後はしつこく北斗にハーレーは食い下がるも、北斗は「全女で下田に負けるということは、”下の下”なんだよ!」と切って捨てしてから神取を挑発、これを受けて神取もリングに上がってLLPW2・13後楽園に北斗の参戦を要求したが、北斗はメキシコ遠征を理由に要求を無視し4・2横浜アリーナで神取と一騎打ちをアピール。試合後も北斗はテンションが下がらなかったのか、不甲斐ない試合をした下田、三田に対して怒りを爆発させ「オマエらにはプロレスの心がない!」としてビンタで制裁を加えた。

これで全女の思惑通りに、4月2日の横浜アリーナ大会にはJWP、LLPW、FMWの女子全体を揃えたオールスター戦が実現するも、完全に騙し討ちのような形で参戦させられただけでなく、北斗や全女側に主導権を握られたことで、LLPWは全女に対する不信感を拭いきれていなかった。

(参考資料 小島和宏著「憧れ夢超女大戦25年目の真実」)

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