チャンピオンカーニバルヒストリー②悪役レスラー・ブッチャーが初優勝!


 1976年、第4回目を迎えた「チャンピオンカーニバル」は総当たりリーグ戦方式を導入する。

 <1976年度の出場選手>ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、ザ・デストロイヤー、グレード小鹿、大熊元司、大木金太郎、アブドーラ・ザ・ブッチャー、ザ・バラクーダ、キング・イヤウケア、ザ・ビースト、バディ・ウォルフ、ラリー・レーン、ラリーシャープ

 <1977年度の出場選手> 馬場、鶴田、デストロイヤー、高千穂明久、クツワダ、小鹿、大熊、大木、ブッチャー、スーパー・デストロイヤー、ブル・ラモス、ジム・デュラン、ビル・ホワイト、ホセ・ゴンザレス 

 <1978年度に出場者> 馬場、鶴田、デストロイヤー、小鹿、大熊、ロッキー羽田、大木、キム・ドク、ブッチャー、ドン・レオ・ジョナサン、イヤウケア、ブラック・テラー、テッド・デビアス、ルーク・グラハム、フランク・モレル  

  所属からは馬場、鶴田、デストロイヤー、クツワダ、小鹿、大熊が参戦し、フリーとして新日本から全日本に出戻っていた大木、外国人からはブッチャー、イヤウケアを常連勢を筆頭に7選手、総勢14選手がエントリーし、シリーズ後半からは元NWA王者のハーリー・レイスが特別参戦となった。ブッチャーは第2回にもエントリーしており、1回戦ではを外国人側から日本側に着いた裏切者とされたデストロイヤーと対戦したが、無効試合となって引き分けとなり、その後2度にわたってた再試合が行われたが決着がつかず、両者失格で1回戦で脱落していた。 

 4月2日の後楽園大会から開幕したが、ブッチャーは遺恨のあるデストロイヤーと対戦し、デストロイヤーがロープに引っかかって場外に宙吊りになったところでブッチャーが痛めつけると、馬場と鶴田が救出に駆けつけてブッチャーに襲いかかったためデストロイヤーに反則勝ちでブッチャーは白星発進、3連覇を狙う馬場はイヤウケアと対戦も、ブッチャーが乱入し灰皿で馬場を殴打、そのままリングアウト負けを喫して黒星発進となる。ブッチャーはクツワダ、シャープ、小鹿、大熊と白星を重ねるが、イヤウケアとは無効試合、鶴田、馬場とは両リンと3試合連続無得点で急ブレーキがかかり、その間に黒星スタートなった馬場、鶴田も順調に白星を重ねて追い上げていく。

 リーグ戦後半の5・1日大講堂大会では馬場が鶴田との師弟対決をバックドロップで制したが、ブッチャーは大木と対戦し、両者リングアウトとなった後で、ブッチャーとの遺恨が勃発していたレイスが乱入してブッチャーを襲撃、日大講堂を飛び出し京葉道路で乱闘を続ける”ストリートファイト”事件を引き起こし、全日本は警察より注意を受ける事態となった。

  大きな山を通り越したブッチャーはレーン、ビースト、バラクータと連勝、最終公式戦が行われた5月8日の札幌大会の時点でトップグループは16点の馬場、鶴田、大木、ブッチャーの4選手に絞られた。最終公式戦は鶴田と大木は時間切れ引き分けで17点止まり、馬場がバラクータ、ブッチャーがウォルフを破って18点目を獲得して同点トップとなり、馬場とブッチャーの間で優勝決定戦がメイン終了後に行われ、誰もが馬場の4連覇と思われていたが、馬場がフライングボディーアタックを浴びせた際にジョー樋口レフェリーを巻き込んでしまい、馬場はカバーに入るがカウントは入らない。馬場は構わず場外でブッチャーを攻め立てるが、樋口レフェリーが足を負傷して動けなくなったため、サブレフェリーに入ったジェリー・マードックが制止に入るが、制止を無視するどころか突き飛ばしてしまったため反則負けとなり、ブッチャーが優勝となった。当時の日本マット界は国際プロレスでビル・ロビンソン、モンスター・ロシロフ(アンドレ・ザ・ジャイアント)が優勝する前例はあったが、悪役レスラーの優勝は前例にないことから、悪役レスラーのブッチャーの優勝は快挙で、全日本のトップ外国人選手の地位を揺るぎないものにした。 

  1977年度もブッチャーが開幕戦でロード・ブレアースPWF会長暴行を振るって罰金を取られるというハプニングがあったが、馬場を差し置いて鶴田が1位で優勝決定戦へ進出、2位は馬場とブッチャーが同点となったため準決勝が行われ、準決勝と優勝決定戦は日本武道館で開催された。準決勝の馬場vsブッチャーは、大流血のブッチャーが場外戦でイスで殴打し、力道山の長男である百田義浩リングアナにも暴行を振るったため反則負けとなり、百田リングアナはこの事件を契機にプロレスラー転向を決意する。優勝決定戦に進出した馬場は鶴田と対戦し、鶴田の回転エビ固めをキックアウトした馬場がここ一番で出すランニングネックブリーカードロップを決め3カウントを奪い、2年ぶりに優勝。1978年にはジョナサン、ドク、テビアスが初参戦を果たしたが、優勝決定戦に進出したのは馬場とブッチャーで、仙台で行われた優勝決定戦は馬場がブッチャーを32文キックで場外まで吹き飛ばし、リングアウトで降して2連覇を達成、全日本はまだまだ馬場の時代であることを知らしめた。 

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