ウェイン・ブリッジ


新日本プロレス、旧UWFに参戦したウェイン・ブリッジさんが死去した。享年83歳。イギリス出身のブリッジさんは国際プロレスに来日したマイク・マリノの薦めでレスリングを始め、1964年の東京オリンピックで選抜されたが、妻の妊娠で辞退した後でプロレスに転向からカール・ゴッチやピート・ロバーツとも知り合った。

また日本人好きだったこともあって、新日本プロレスから武者修行に来る選手の面倒も見ることもあり、サミー・リーと名乗っていた佐山聡、クイック・キック・リーと名乗っていた前田日明も世話をするだけでなく、前田が凱旋帰国の際に持ち帰ったヨーロッパヘビー級王座もブリッジから奪ったものだった。

イギリスを主戦場にしていたこともあって、ほとんどカナダと日本以外は遠征にすることはなく、日本への初来日は1972年9月、旗揚げしたばかりの新日本プロレスにカール・ゴッチのブッキングで参戦してアントニオ猪木や山本小鉄とシングルで対戦、新日本が軌道が乗ったばかりの1973年に2度目の来日、1982年11月には9年ぶりの来日を果たし「MSGタッグリーグ」にエントリーしたものの、身内の不幸で途中帰国、翌年にもオットー・ワンツと組んで「MSGタッグリーグ」の参戦したが、不戦勝の1勝だけで終わり、1985年に旧UWFに来日したが現役ではこれが最後の来日となった。

2017年6月に「GスピリッツVol.44」でインタビューに答えていたが、これが日本のファンに見せる最後の姿となった。

ご冥福をお祈りいたします

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