タイガーマスクの反乱②クーデターという祭りはこうして終わった


 タイガーマスクのマネージャーとなったショウジ・コンチャの行動は大塚直樹氏らにとって想定外だった。翌日にはタイガーマスクは契約解除を求める文書を送付、東京スポーツに電話を入れて引退を表明、コンチャは新日本の事務所を訪れ、契約解除の内容を説明して、タイガーのギャラを搾取しているとして新間寿氏の責任を追及した。

 新間氏は藤波辰巳と共に遠征先のカルガリーへ向かうために日本を離れたが、タイガーとコンチャは新間氏不在の間にも動き、タイガーは山本小鉄、テレビ朝日から出向している役員である大塚博美、望月和治両氏に保持しているWWF、NWA両ジュニアヘビー級王座を返上、コンチャも長州力を勧誘へと動き、テレビ朝日の幹部らにも「猪木を取るか、タイガーを取るか」と迫っていた。

 また新団体グループも意見の相違が見られ、独立としていた小鉄が突如「社長のアントニオ猪木、副社長の坂口征二、営業本部長の新間氏の失脚させて新日本を改革する」と言い出したことで、当初構想に掲げていた独立へと動いていた大塚氏と亀裂が生じる。独立に際しては小鉄に資金集めの全てを任せていたが、小鉄があてにしていた大手スポンサーが他社に買収され、資金提供が無理な状態となってしまっていたが、大塚氏がそれを知ったのは2019年の9月、つまり今年だった。小鉄は大塚氏らには”全て自分に任せて欲しい”と言った手前、大塚氏らには言い出せなかったのかもしれないが、資金集めのことで大塚氏に問い詰められると、声を荒げて怒鳴ったこともあり、突然独立から社内改革に舵を取ったことで、大塚氏らは”小鉄さんは何か隠し事をしている”と疑い始めていた。

 望月氏は新間氏より一足早く帰国していた猪木に退陣を社員らの辞表を預かっているとして退陣を要求、その一方でタイガーと行動を共にしていたと見られていた上井文彦氏がコンチャの行動に不信を抱き、藤波と共に離脱して大塚氏らに合流していた。大塚氏らは小鉄、永源、藤波、長州、キラー・カーン、小林邦昭、ミスター高橋ら選手、レフェリーも交えて会合を持ち、団結誓約書を作成するも、タイガーとコンチャは現れなかった。大塚氏はタイガーとコンチャは信用できないとして諦め、この時点で新日本プロレスにおけるタイガーマスクは新日本マットから完全に姿を消した。

 8月25日、「ブラディファイトシリーズ」開幕直前、緊急役員会が開かれたが、役員会の場で山本氏が団結誓約書を持ち出して社内改革を強行し、猪木に改めて退陣することを要求する。団結誓約書は内部改革か独立かになっても、我々は一致団結して行動し、いかなる場合も個人的に利益に走ってはならないために作られたものだったはずだったが、新団体設立に向けて資金繰りが出来ず、追い詰められた小鉄は社内改革しかないと考え、団結誓約書を猪木、坂口、新間氏を退陣させるために活用してきたのだ。猪木も小鉄の要求を受け入れてアッサリ退陣し坂口と共に平取締役に降格、新間氏は謹慎とされ、小鉄と大塚博美氏、望月氏によるトロイカ体制が誕生、小鉄は一人が代表取締役に就任した。小鉄は大塚氏や藤波らに協力を求めたが、小鉄してみればトロイカ体制のもとで大塚氏らには社内改革を行って欲しいと考えていたと思う。しかし、真相を知らないどころか事前に相談も受けなかった大塚氏らは、小鉄一人だけ代表取締役に就任し完全に個人の利益に走ったと見てしまい協力することはなかった。

 大塚氏は退社を決意して猪木を訪れたが、猪木が自身がその場にいたかのように全てを把握しており、大塚氏を驚かせた。実は猪木の口から藤波が最初から全てを報告されていると明かされると、大塚氏は師匠である猪木を裏切れない藤波に呆れるしかなかった。そして猪木はクーデターは必ず失敗すると断言して、社長に復帰することを見越して大塚氏を引き止める。

 猪木退陣の3ヵ月後にテレビ朝日の専務の三浦甲子二が新日本のクーデター騒ぎの怒り「猪木を降ろすならテレビ朝日は新日本の中継を打ち切り、猪木に新団体を旗揚げさせ、新団体を旗揚げさせる」と発言する。三浦専務の発言は新間氏の差し金で、新日本を去る際に三浦専務に会った新間氏がトロイカ体制を崩壊させるように働きかけていた。三浦専務は今年亡くなった中曽根康弘を含めた政界の大物ともパイプのある実力者で「テレ朝の天皇」として事実上テレビ朝日を牛耳っており、猪木と坂口の支援者でもあった。また現場でも現場を取り仕切る人間がいないとして坂口が現場責任者として復権していたことからトロイカ体制は早くも綻びが見えていた。

 早速、テレビ朝日から辻井博常務が新日本に送り込まれ、トロイカ体制に三浦専務の言葉をそのまま伝えると、三浦専務の威光には逆らえないとして大塚博美氏と望月氏は退陣、小鉄は最後まで抵抗したが、最終的に平取締役に降格となり、猪木と坂口が復権して社長、副社長に戻ったが、新間氏だけはテレビ朝日の要望で戻されず、代わりにテレビ朝日から役員が送り込まれて、新日本プロレスを牛耳った。

 タイガーは専門誌やテレビ番組などで正体は佐山聡だとして明かし、理想の格闘技を追求するために、タイガージムを設立、新間氏とも一旦和解となるが、まだコンチャとも手が切れていなかったこともあって、再び決別する。コンチャはまだタイガーは大事な商品として、全日本プロレスのジャイアント馬場に参戦させるように働きかけていた。一方の大塚氏は新日本を退社して、プロレス興行を扱う「新日本プロレス興行」なる会社を設立するも、クーデター事件のこともあって、関係は上手くいかず、そこでかねてから大塚氏の営業力を高く評価していた馬場が接触、新日本興行と提携を結ぶことになる。その際に馬場はコンチャから初代タイガーを全日本に上げてみないかと持ちかけられていることを大塚氏に明かすと、大塚氏はコンチャにこれ以上関わらせたくないと考えたのか、2代目タイガーマスクを誕生させることを提案、梶原一騎の了承を得て2代目タイガーマスクが誕生する。目論みが外れたコンチャだったが、佐山も自身の知らないところで全日本と接触していたコンチャに怒り、コンチャと手を切った。

 コンチャと別れた佐山は第1次UWFに参戦して、スーパー・タイガーとなって格闘色を前面に打ち出したが、コアなファンは獲得するも、四次元殺法のタイガーマスクを見たい一般ファン層から支持されるまでにはいたらず、第1次UWFも観客動員に苦戦、それでも佐山は無駄を省くためにマスクを取って素顔で試合を始め、ルールを作成するなど理想を貫いたが、理想を貫けば貫くほど孤立していき、ついに前田日明との対戦ではセメント事件が発生すると、佐山はUWFには居場所がないと判断して離脱、一時はプロレスから離れたが、再びプロレスに携わるようになってから、初代タイガーマスクとしてマスクを再び被り、リアルジャパンプロレスを旗揚げ、新間氏とも再び和解し、現在もリアルジャパンに携わっている。

 自分もこの頃はプロレスファンになりたてて、新日本に何が起きているのか、まったく理解できなかったが、理解できたのはタイガーマスクが新日本プロレスから去ったことだけだった。クーデター事件が起きなくて、タイガーが新間氏の思うとおりに改名して新しいマスクマンになっていたら、これまで通りにヒーローでいられただろうか、佐山自身はどこかでタイガーマスクを終わらせたかったのではないだろうか?自分は改名が決まった時点で佐山自ら新間氏の期待を裏切ってヒーロー像をぶち壊していたのではと思っている。
 また小鉄も、みんなから慕われているというプライドがあったのか、資金繰りが出来なかったことを大塚氏らに明かしていれば、時期尚早という形になり、タイガーを切るだけのものになっていたのではないだろうか・・・、
(参考資料 宝島社「クーデター80年代COUP’DETAT」大塚直樹著)

 

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