1990年6月8日、全日本プロレス日本武道館大会で三沢光晴がジャンボ鶴田を降した。全日本プロレスはこれまで牽引してきた天龍源一郎が退団したことで大激震に見舞われていたが、その中で2代目タイガーマスクだった三沢が5月14日の東京体育館で川田利明と組んで谷津嘉章&サムソン冬木組との試合中にマスクを脱いで素顔の三沢光晴に戻り、その勢いで鶴田に挑み勝利を収めたことで、天龍に代わる新たなスターの誕生を予感させた。


しかし、武道館大会が終わっても天龍に続いて冬木、高野俊二(高野拳磁)、仲野信市、北原辰巳(北原光騎)、折原昌夫、フリー参戦していた鶴見五郎、練習生一人が次々と全日本プロレスを退団してSWSへ移籍し、また馬場の旗揚げからの懐刀の一人だった米沢良蔵までもSWSに移籍するなど、全日本プロレスの激震は治まらなかった。

その中で全日本プロレスは6月30日に特別興行「ワンナイト・スペシャル ㏌ 後楽園」を開催したが、谷津は肋骨を骨折、小川良成は左肘の手術で欠場していたため、16選手だけで臨まなく得なくなり、試合も外国人選手が参戦しなかったこともあって、5試合しか組めなかったが、その中でセミで組まれた川田vs小橋健太戦は、川田がキックはエルボー中心で攻めていけば、小橋も左膝攻めとジワジワと攻めていくなど好試合となり、試合は小橋が回転足折り固めを仕掛けたところで川田が切り返して3カウントを奪い勝利も、二人の試合は苦しい状況の中で全日本プロレスはしっかり時が進んでいることを予感させる試合となった。川田は天龍同盟として天龍、冬木と行動していたことで誰もが天龍に追随するのではと思われ、川田も離脱騒動では一切ノーコメントを貫いていたが、川田がこうして全日本のリングに上がったことで残留の意思表示をした。
またメインでも鶴田&カブキ&渕vs三沢&田上&菊地の6人タッグ戦、これまで第1~2試合中心に出ていた菊地が鶴田相手に真正面から挑み、鶴田や渕に徹底的に痛めつけられても懸命に耐え抜くなど大奮戦して25分間に渡る激戦となり、試合は渕がダブルアームスープレックスホールドで菊地から3カウントを奪い勝利も、この試合を契機に菊地も一気にメインクラスへと押し上げられることになった。


こうして全日本プロレスは鶴田&カブキ&渕&マイティ井上を中心としたベテラン軍vs三沢&田上&川田&小橋&菊地の新世代による世代闘争への図式となるが、この時点ではまだ三沢たちのユニットは仮の名前として三沢組と呼称されていた。そして「90サマーアクションシリーズ」が大宮スケートセンターから開幕すると、欠場していた谷津が復帰してベテラン軍に合流、三沢は川田と組んで鶴田&谷津の復活五輪コンビと対戦し、大会前に谷津が「今日は地方だから手を抜いていいだろう」と発言し、試合前に谷津が三沢に握手を求めたが、三沢が拒否するどころか試合中にイスで殴打、川田も谷津をガンガン蹴りまくるなど痛めつける。試合は鶴田のバックドロップに川田が敗れてしまい、セミでも小橋がスタン・ハンセンに挑み、善戦はしたもののウエスタンラリアットで敗れ、田上もダニー・スパイビーに敗れるなど、三沢らには鶴田だけでなくハンセンら外国人という大きな壁が立ちはだかった。
ところがシリーズ中にも激震が起こり、復帰したばかり谷津が2戦参戦したただけで無断欠場してSWSに移籍してしまい、シリーズが終わると鶴田と組んでテリー・ゴーディ&スティーブ・ウイリアムス組から世界タッグ王座を奪取したばかりのカブキ、レフェリーの海野宏之(レッドシューズ海野)まで全日本プロレスを退団してSWSへ移籍してしまう。谷津だけでなく、全日本プロレスでブッカーとして取り仕切っていたカブキまで離脱したことで、マスコミも「全日本遂に崩壊危機」と見出しが出るようになり、「90サマーアクションシリーズ」では三沢がハンセンの王者だったテリー・ゴーディが体調不良によって返上した三冠ヘビー級王座決定戦に臨んだが敗れるなど、三沢らも結果が出ないことで、全日本プロレスはもう崩壊なのではと囁かれるようになった。


しかしハンセンvs三沢の三冠王座決定戦に敗れた三沢に、何十人もの若いファンがぐるりと取り囲むようになり、中には小学生までいた。日本テレビで放送していた「全日本プロレス中継」は4月から深夜枠へ降格していたが、この頃になると若い世代が深夜番組を見る傾向が増え始めており、そういった世代が三沢たちをを支持し始めていたのだ。
そういう中で三沢、川田、田上、小橋、菊地は練習生だった浅子覚を連れて強化合宿を張った。目的は団結力を高めることだった。谷津とカブキが離脱したことで、おそらく世代闘争は棚上げにされるだろう。今後進むべき道もはっきりしなくなり、展望も明確ではなかった。そこで馬場も合宿に視察に訪れ、三沢ら共に海辺でのランニングに加わった。三沢や川田、田上、小橋も身長は鶴田や外国人勢に比べて見劣りしないが、体格つまり線が細い、馬場にとって三沢らに全日本プロレスの将来を託すしかなかった。ところがこの合宿中に田上を鶴田軍に入れることが決定し、田上は合同合宿に参加したのは一日だけで、馬場と一緒に東京に戻ってしまった。


8月18日から「サマーアクションシリーズⅡ」が開幕したが、田上は正式に鶴田のパートナーに就任、これは戦力の均衡を図る意味合いもあり、今後は鶴田のパートナーとして育成されていくこととになった。そして三沢、川田、小橋、菊地の4人となったが、4人はいつしか「超世代軍」と呼ばれるようになった。世代を超える、つまり鶴田やハンセンといった一つ上の世代を凌駕した、新時代を築く。壮大かつ夢に満ちたテーマだった。「超世代軍」のネーミングは誰が名付けたのか未だにわからないという。おそらくファンから自然発生的に名付けられたネーミングかもしれない。
三沢は「オレはじゃないから」と超世代軍にはリーダーという概念自体が存在しない、それが三沢の真意でだったという。その理由は天龍革命時に結成していた決起軍で、決起軍は三沢タイガー、高野、仲野、高木、田上が「打倒天龍同盟」を掲げて結成したユニットで、ユニットを組みつつも打倒・天龍のために仲間内でも競争し合うのが三沢の理想だったが、いつしか三沢タイガーに頼る傾向が強くなってしまい、三沢タイガーが膝の負傷で欠場すると、三沢タイガー抜きでは決起軍は成り立たないことが試合になって出てしまい、馬場の判断で決起軍は解散となった。超世代軍はあくまで三沢が中心だったかもしれないが、仲間内でも競い合う理想が四天王プロレスによって現れた。超世代軍は三沢にとって目指していた真の理想であり、現実にして全日本プロレスの一時代を築く元になったユニットだった。

体の線が細く小さい体の選手達が大きい人間に立ち向かっていく、成長途上にある人間が、強大な敵に立ち向かっていく、例え敗れても何度でも立ち向かっていく、超世代軍は若い世代の心情を投影しやすい存在であり、ファンがどちらかの勝利を願うだけの感情移入型プロレスとも一線を画した、自己投影型プロレスを超世代軍は生み出していった。


三沢も鶴田相手にガンガン挑み、三沢のコーナーからのエルボーアタックで鶴田の鼓膜さえ破ったことがあった。三沢は「オレは鶴田さんみたいな『それほど』の試合はしない」と公言したように、全日本プロレスを盛り上げるために全力で挑み、鶴田も三沢にシングル初黒星喫したことがきっかけになって、怪物性を発揮して三沢たちを容赦なく痛めつけた。また鶴田と組んでいた田上も必死で不甲斐ない試合をした田上を時には叱責し、殴りつけることもあった。1990年の全日本プロレスは必死だった。そうすることによって天龍ら選手が大量離脱したことで失いかけていた全日本プロレスの熱い戦いを守り抜いた。
この年の「世界最強タッグ決定リーグ戦」では鶴田&田上、三沢&川田がエントリーしたが、今度はアンドレ・ザ・ジャイアントと組んでエントリーしていた馬場が左大腿骨骨折を骨折するという重傷に見舞われ、シリーズから途中離脱してしまう。鶴田組と三沢組も優勝争いには加わることが出来ず脱落、最終戦の日本武道館のメインは優勝争いしていたゴーディ&ウイリアムスvsハンセン&スパイビーに奪われ、ゴーディ&ウイリアムスが優勝したが、セミで組まれた鶴田&田上vs三沢&川田は優勝争いから脱落していてもメインにも負けない熱い戦いを繰り広げ、天龍離脱から始まった激動の1990年をどうにか締めくくることが出来た。
馬場不在の中で全日本プロレスの1991年度が開幕し、三冠ヘビー級王座は鶴田の手に戻ったが、1991年7月24日の石川県産業展示館大会で三沢&川田がゴーディ&ウイリアムス組を破って世界タッグ王座を奪取、初防衛戦が行われた9月2日、日本武道館大会では三沢がフェースロックで鶴田からギブアップを奪い防衛に成功、超世代軍が何度敗れても何度でも立ち向かっていった成果が結果になって現れた。


1992年になると三冠ヘビー級王座は再びハンセンに戻り、8月22日の日本武道館大会で三沢はハンセンを破り三冠ヘビー級王座を奪取、そして鶴田も病気で一線を退くと、1993年には川田が超世代軍から離脱し、鶴田を失った田上と合体して聖鬼軍を結成、全日本プロレスは四天王時代へと突入していった。


超世代軍は三沢、小橋、秋山準、浅子で継続させていったが、小橋が1997年にGETを結成するために離脱、秋山も小橋と共にバーニングを結成するために離脱したため、超世代軍は形骸化されていき、三沢も三沢革命をスタートさせるために超世代軍を解散したが、1992年に三沢が三冠王座を奪取し、川田が離脱した時点で超世代軍の役目は既に終えていたのかもしれない。
(参考資料 双葉社 市瀬英俊著「夜の虹を架ける~四天王プロレス『リングに捧げた過剰な純真』」)
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