アントニオ猪木vsマサ斎藤②手錠マッチとフェンスを越えられなかった長州


1987年4月7日の火曜日夜8時から「ギブUPまで待てない!!ワールドプロレスリング」がスタートし、スタジオと会場の二元中継という形を取ったが、スタジオにマサ斎藤が手錠を持参して現われ、「男と男の勝負を望みながらも“邪魔”が入ったことを悔しい、悲しい」とアントニオ猪木との再戦を訴え、MCを務めていた、なぎら健壱に手錠をかけて去ってしまう。

これを受けて猪木vsマサ斎藤の再戦が4月27日の両国国技館大会で決定したが、この頃になると長州力のジャパンプロレスが分裂したことから、新日本プロレスへのUターンは確実視されており、参戦も時間の問題とされていたが、新日本プロレスと全日本プロレスの間には引き抜き防止協定が結ばれ、長州一派は全日本プロレス側の引き抜き防止のリストに入っていクリアされていなかったことから、すぐ新日本プロレスのリングに上がれる状態ではなかった。

そして決戦当日には長州力がスーパー・ストロング・マシン、小林邦昭、ヒロ斎藤、保永昇男らが共に現われ観客席に陣取ったことで、館内は騒然とするが、セコンドに着けば協定違反になるためフェンスの中には入ることが出来ず、長州の代わりに馳浩が斎藤のセコンドについた。馳はカルガリーへ修行に出ていたが、ジャパンプロレスが分裂すると帰国して長州と行動を共にしていた。馳がセコンドに着くことが認められたのも、馳はまだ国内でデビューしていない若手だったこともあって引き抜き防止協定のリストには入っていなかったからだった。また猪木のセコンドにはフェンス外の長州を意識したのか、藤波辰己(藤波辰爾)がついた。

序盤は互いにグラウンドで出方を伺うも、猪木の足を絡めた斎藤はいきなり監獄固めで捕らえ、長時間捕まった猪木はなんとかロープエスケープするも、続けて斎藤はドラゴンスクリューからサソリ固めで捕らえ、また長時間捕まった猪木は体を捻らせてステップオーバーする前に戻して逃れる。
しかし、足にダメージを負った猪木に斎藤はローキックを連打からアキレス腱固めも、ひっくり返した猪木はリバースインディアンデスロックで切り返しロープエスケープとなる。

斎藤はトーキックからラリアットを放つと、バックドロップで投げてカバーするが、猪木はカウント2でキックアウトするも、バックドロップのダメージで猪木は立つことは出来ず、斎藤はストンピングで猪木を場外へ蹴り出す。猪木はリングに戻ると、斎藤はラリアットを放ち、再びサソリ固めで捕らえて猪木を追い詰めるが、猪木はギブアップしないと見るや、技を解いた斎藤は再びバックドロップを連発するも、猪木はカウント2でキックアウトする。

焦れた斎藤は猪木をトップロープめがけてギロチンホイップを連発して叩きつけると、今度はトップロープめがけて猪木の股間をアトミックドロップで叩きつけるラフに打って出て、猪木はリングに戻っても、斎藤はまたトップロープへギロチンホイップで叩きつけると、完全にグロッキーとなった猪木を場外へ放り投げる。
リングに戻った猪木は斎藤に浴びせ蹴りを一閃するとナックルから、コーナーの金具を緩めてロープを外しにかかり、ミスター高橋レフェリーに「ロープを外せ」と要求する。これを受けて高橋レフェリーも斎藤の意志を確認すると、マイクで「ロープをすべて外す」とアナウンスする。

これを受けて試合は一旦中断、セコンドが一斉にロープを外してノーロープで試合が再開され、猪木はビンタからナックルを連打、鉄柱に斎藤を何度も叩きつけて斎藤は流血する、猪木は流血した斎藤の額にジャンピングハイキックを浴びせると、ナックル打ち込んで再びジャンピングハイキックを炸裂させる。そこで斎藤は手錠を持ち出すと、猪木を手錠で殴打して自らの手首に欠けると、急所蹴りから猪木の手首にも手錠をかけて繋げた状態にすると、今度は斎藤がナックルや頭突きをを打ち込んでいく。

猪木も繋がれた状態ながらも至近距離でのエルボーを浴びせると、ナックルや頭突きを打ち込んで斎藤はダウンも、猪木は構わずダウンしている斎藤にナックルを打ち込んでいく。そこでセコンドの馳が長州の指示でTシャツをタオル代わりにして投げると、試合を止めるように高橋レフェリーに訴え、これを受けて高橋レフェリーも試合をストップ、TKOで猪木の勝利となって、馳は完全にグロッキーとなった斎藤に駆け寄るも、興奮した猪木は馳にもナックルを浴びせ、藤波やドン荒川らセコンドらも猪木を制止する。

猪木の手首から手錠は外されたが、ダウンしたままの斎藤に襲い掛かろうとするため、怒った長州もリングに上がろうとする。しかしフェンスを越えれば協定違反になることから、小林と保永が必死で制止したため長州はフェンスを越えられず、立てない斎藤を馳だけでなく藤波まで抱えて退場しようとするが、長州が藤波にもフェンス越しで襲い掛かろうとして一触即発となり、藤波がマイクで長州を挑発すれば、長州はマイクで猪木と藤波に宣戦布告してリングに上がろうするも、小林らが必死で制止しバックステージへ無理やり下げ、館内は騒然とする中で試合は締めくくられた。

試合も通常の試合から手錠マッチに変わったところで、至近距離の殴り合いとなって巌流島にも勝るとも劣らぬ名勝負だった。そして大阪城ホールで暴動を引き起こした海賊男は最後まで姿を見せなかった。わかったことは猪木vs斎藤の対決には海賊男は不要で余計な存在だったということだ。こうして海賊男の存在価値は薄れていった。

5月から「第5回IWGP」が開幕し、斎藤もエントリーするが、6月1日の愛知県体育館大会で遂に長州が新日本プロレスマットに電撃復帰を果たすも、引き抜き防止協定がクリアされていない見切り発車の復帰だったことから、全日本プロレスとジャパンプロレスの態度が硬化して長州だけでなく、新日本プロレスとテレビ朝日に対して警告書を送付、長州の試合は「ギブUPまで待てない!!ワールドプロレスリング」では放送できず、長州の試合がテレビ朝日で放送されるようになったのは10月5日からで、全日本プロレスでは新日本プロレスに引き抜かれたブルーザー・ブロディの復帰が決まっており、ブロディも引き抜き防止協定のリストに入っていたことから、ブロディとバーターという形で長州のテレビ復帰がやっと決まり、この頃にはタイトルも「ギブUPまで待てない!!ワールドプロレスリング」から「ワールドプロレスリング」に戻り、月曜日8時に移行していた。

「第5回IWGP」は2ブロック制で行われ、猪木はA、斎藤はBブロックに振り分けられるも、猪木と斎藤も全勝でブロックを突破して優勝決定戦に進出、6月12日の両国で行われた優勝決定戦はIWGPがタイトル化されることから、初代IWGPヘビー級王者となる戦いとなり、斎藤は猪木をバックドロップであと一歩まで追い詰めるも、再度バックドロップを狙った際に、猪木が体を入れ替えて浴びせ倒して逆転3カウントを奪い、初代IWGPヘビー級王者となるも、セコンドについていた長州が藤波、前田日明と共に世代闘争を掲げて宣戦布告するが、猪木と斎藤は世代闘争の流れを拒否して、二人による戦いを選び、10月の巌流島の決戦まで突き進むことになる。

(参考資料₌新日本プロレスワールド)

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