来年で創立60周年…後楽園ホール


1958年6月、現在の東京ドームシティホールとなっている場所で「後楽園ジムナジアム」通称=後楽園ジムが開業した。

当時は読売巨人軍に長嶋茂雄が入団し、後楽園球場がにぎわったことで、読売グループの総帥・正力松太郎が「水道橋に野球だけでなく、他のスポーツも誘致しよう」と”水道橋をスポーツの都にしよう”と方針を打ち立て、建物は元々講道館だったが、外装を改築、内装を新築したものが後楽園ジムだった。

後楽園ジムは開館と同時にプロボクシングの興行が頻繁に行われたことで、最初はボクシングの聖地とされていたが、日本テレビは当然ながら力道山の日本プロレスにも「プロレスのテレビ収録に後楽園ジムを使用して欲しい」と要請があり、力道山も日本テレビの要請ということで断ることは出来ず、11月14日から後楽園ジムで隔週金曜日にTVマッチを開催することを発表した。

11月21日に後楽園ジムでの第1戦が開催されたが、1800人収容の後楽園ジムに1000人しか動員出来なかった。理由は主役である力道山がブラジル遠征で不在だったからだった。ブラジル遠征に関しては事前に決まっていたことで日本テレビにも承諾を得ていたことだったが、まだこの時代の日本プロレスは力道山ありきで豊登や東富士ではまだまだ観客を集めるのはまだまだ無理の状態だった。

28日には第2戦が行われたが1500人と動員数は増えたものの満員すらならず、12月19日の第3戦からブラジル遠征を終えた力道山がやっと合流、超満員になることが多くなり、第5戦では力道山が保持するアジアヘビー級選手権が組まれたこともあって2500人と札止めとなっていった。

1959年3月に入ると力道山は「ワールドリーグ戦」出場選手との交渉のため渡米するため不在となると、観客動員は1500人と逆戻り、5月の大会には力道山も出場ぜず、入場料も格安で均一としたため、2000人の超満員となるも、「ワールド・リーグ戦」のため大・中規模の会場が頻繁に使われることになったことから、後楽園ジムの使用する必要性もなくなり、またこの頃には「リキスポーツ・パレス」構想も固めていたことから、日本プロレスは半年で後楽園ジムから撤退する。

力道山が後楽園ジムに本腰を入れなかったのは既にリキパレス構想が頭の中にあり、また 大・中規模の会場で試合をしている自分が後楽園みたいな小規模で試合をしなければならないのがというものがあったからかもしれない。

1962年4月後楽園ジムナジアムはボウリング会館があったビルへと移り、後楽園ボウリング会館と呼称されたが、後に後楽園ホールと名称を改める。この頃には力道山も渋谷に「リキスポーツパレス」が完成され、テレビ収録もされていたこともあって、後楽園は使用することはなく、後楽園はボクシング中心で興行が行われてきた。

1963年に力道山が死去すると、日本プロレスは莫大な経費がかかるリキパレスから徹底を余儀なくされ、1966年11月から日本プロレスは後楽園ホールに進出、当時は国際プロレスも旗揚げされていたが、日本プロレスと読売グループがつながりが深かったことから他団体に対して決して使用させず、日本プロレスが独占した後楽園ホールはリキパレスに代わる常設会場として使用された。

1973年に日本プロレスが崩壊したことで、日本プロレスによる後楽園ホール独占も崩壊し、全日本プロレスを皮切りに、新日本プロレス、国際プロレスなどが後楽園ホールに進出、特に大会場での集客力が弱い国際プロレスは後楽園ホールをビックマッチの会場として使用し、国内の主要団体も定期的に後楽園ホールでの興行を開催していった。

しかし、国際プロレスも昭和56年になるとビックマッチを組んでも観客が入らず、300人しか動員しない時もあった。国際プロレスもしばらくして崩壊したが、この頃から「後楽園ホールを超満員にできない団体は崩壊する」というジンクスが生まれていったのかもしれない。ところがUWF、FMW、SWSなど新団体が旗揚げするとインディー団体も次々と旗揚げ、後楽園ホールも使用される機会も多くなっていった。

そして都内には新木場1stRING、新宿FACEなど小規模ながらもプロレス常打ち会場が誕生することで、後楽園ホールはインディー団体にとって成功するステータスとなる会場へと変わっていった。

その後楽園ホールも来年で創立60周年を迎える。プロレスもこれまで後楽園ホールで数々のドラマを見せてきたが、これからもプロレスシーンを見せてくれる会場であって欲しい。

(参考資料 ベースボールマガジン社「日本プロレス事件史 Vol.18『会場・戦場・血闘場』」

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