赤字経営から脱却出来ず…4月1日をもってWRESTLE-1が活動休止へ


WRESTLE-1が会見を開き、4月1日の後楽園ホール大会をもって無期限の活動休止をすることを発表した。

会見には武藤敬司会長、カズ・ハヤシ社長が出席、武藤は「選手スタッフ一丸となって頑張ってきましたが、なかなかこの旗揚げしてから赤字体質を脱却できず、オーナーさんに補填してもらいながら来ましたが、これ以上ご迷惑をかけてもいけないという中で活動休止という決断になりました。悔やまれることばかりです。自分自身の実力不足なのか・・・。4月1日はすでに去年からアメリカで仕事が決まってまして、それは契約もしてまして、4月1日の後楽園俺は参加できません。したがって、レッスルワンでの俺の最後の戦いは3月15日の大田区大会になります。今まで、レッスルワンを支えてきてくれた関係者、そしてスタッフ、そしてファンの方々、ほんとに7年弱ありがとうございました。以上です」と旗揚げから赤字経営で、そのたび親会社であるGENエンターテインメントから補填を受けていたことを明かし、活動停止に至るまでの経緯を述べた。

2013年に全日本プロレスの新オーナーとなった白石”バカ”伸生”と武藤敬司の対立が発端となり、武藤は自分に追随する選手、スタッフらと共に全日本を旗揚げしてWRESTLE-1を旗揚げ、旗揚げ戦ではボブ・サップや桜庭和志、柴田勝頼などが参戦するなど話題を呼び、TNA(インパクトレスリング)とも提携して両国国技館でビックマッチも開催した。
しかしどれも集客につながらず、経営面をテコ入れするため2015年にDDTの大社長である高木三四郎をCEOとして招き、リストラを断行して武藤が次世代の選手として売り出していた真田聖也(SANADA)、KAIだけでなく浜亮太、中之上靖文、TAJAIRI、船木誠勝、田中稔が退団、新たなる基盤として「プロレス総合学院」を設立して人材を発掘、道筋を作った高木がCEOを退任してからカズ社長、近藤修司が副社長による新体制が発足したが、大和ヒロシが退団、木村花がスターダムへ移籍し、秋山準体制となった全日本との交流、CIMAら#STRONGHEARTSの参戦などテコ入れがされたが、黒潮”イケメン”二郎と佐藤嗣崇が退団するなど人材流出が続いていた。

 昨年大晦日にWRESTLE-1が大阪府立体育会館でビックマッチを開催したが、当初はGENエンターテインメントが別の格闘技イベント開催するつもりで押さえていた。しかし格闘技イベントは別の日、別会場になったため、WRESTLE-1に回ってきた。おそらくGENサイドも、損失ばかり出すWRESTLE-1に最後のチャンスを与えたのだと思う。WRESTLE-1も選手やスタッフ総出でチケットを売り歩いたが、動員的にはイマイチな結果に終わってしまった。

 WRESTLE-1は旗揚げ時は武藤全日本、またかつてK-1と組んで開催された「ファンタジーファイトWRESTLE-1」の延長線上のような団体だったが、武藤も師匠であるアントニオ猪木に似たのか、良い物を生み出すには金を惜しまず、旗揚げ戦こそは華やかだったが、団体を軌道に乗せるまでには至らなかった。
 それが尾を引いたのか高木CEOによってリストラを断行せざる得なくなり、新たなる基盤であるプロレス学校を設けて人材育成に取り組んだが、旗揚げ時のマイナスから脱却することは出来なかった。今思えば中嶋勝彦が放り投げたWRESTLE-1王座が現在のWRESTLE-1を象徴していたのかもしれない。

 全日本プロレスで一緒に仕事をした和田京平レフェリーは「レスラーとしては一流だったが、社長としては最低でした」、また武藤のかつての側近だった内田雅之氏は「武藤敬司という看板があったからお客さんを何とか集め、スポンサーも確保できた」とコメントしていた通り、名選手名監督であらずの言葉通り、レスラーとしては一流だったが、経営者としては向いていなかったのも事実、またあとを請け負ったカズや近藤にとっても団体運営、また稲葉大樹や芦野祥太郎にとっても団体を背負うには荷が重すぎたのか…。 

選手らが3月31日をもって退団、プロレス学校も無期限の休校となる。選手らの去就や中嶋勝彦に流出したままのWRESTLE-1王座がどうなるかわからないが、こういった形でWRESTLE-1が終焉となったのは残念としか言いようがない。

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