炎上秘書の死とプロレス

こういう記事を目にした。

 笹原雄一氏が死去したことが報じられた。上西小百合氏の秘書としても有名な人物だったが、プロレス界にとっても”迷惑”という部分で悪名高い人物だった。

 2008年1月20日に、当時アパッチプロレス軍の所属で大日本プロレスに参戦していた金村キンタローが大日本の女性スタッフにセクハラを働き、大日本側も隠蔽を図ったことで事が公となり、金村は自主的に活動を無期限自粛、アパッチプロレス軍を解雇された。

 このとき金村の代理人を務めたのが笹原氏で、笹原氏が被害者女性との和解を成立させた。おそらくだが和解を成立させたことで、金村も笹原氏を信用しきったと思う。

 金村は笹原氏が運営する「キャッシュボックス」のバックアップを得て、XWFを設立、8月6日の後楽園ホールにて旗揚げ、10月には新宿コマにて第2弾興行を開催する予定だったが、9月に入って金村が笹原氏と連絡が取れなくなり、新宿コマが使用許可が降りなかったということで、代替で後楽園ホールで行われるはずだったが、再び笹原と連絡が取れなくなると、ネット情報から中止になった噂が飛び交い、全て笹原氏に任せていた金村は慌てて後楽園ホールに問い合わせると、8月6日の使用料が未払いだったため、会場が押さえられていないだけでなく、チケット販売も2日目からストップしていたことが発覚。それでも僅かながらチケットが売れていたため、金村は強行開催へと奔走するが、周囲から「赤字を膨らませるだけだ」と進言され、金村は泣く泣く開催を断念したが、後になってわかったことだが、笹原氏が絡んだプロレスイベントのトラブルはXWFだけではなかったという。

 その後表舞台に立たなくなった笹原氏だが、議員となった上西小百合の公設秘書としてTV出演して表舞台に復帰、おそらくだが金村を始めとして笹原氏に一杯食わされたプロレス関係者は、テレビに出る苦虫をかみ締めるような思いで見ていたと思う。

 上西小百合はその後タレントとなるが、笹原と別れただけでなく、先人は死亡説まで飛び交っていた。記事によると身体をかなり壊していたという。笹原氏死去について金村がどう反応したのか調べようとしたが、Facebookは閉鎖されており、知ることも出来なくなった。

 

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